ミッドサマー 信仰が試される物語
前から気になっていた映画がようやく日本で公開ということで、映画ミッドサマーを観てきました。
前日にアマプラで観たスマホ落とし1作目が面白かったので30分で劇場に行き2を観て、テンションが上がったのでそのまま1917も敢行。普段なら一日に映画を続けて2本も観ると肩凝りから頭痛がしてくる体質なのですが、良作に恵まれとても良いコンディションのまま翌日を迎えることができました。良い映画は健康にも良い、そう思いながら期待とともにミッドサマーを観に行ったのです。
ありえん疲れた。しんどい。快晴が気持ち悪い。映画を1本観ただけなのに…
前日の映画3本より体感時間が長かったし疲労度は数段上である。良い映画だったことは間違いないのだが、良い映画が健康にも良いとは限らないのだ。
胃もたれしたので消化のためにこの文章を書いています。ただの感想を推敲せず書くのでおかしい部分も多々あるでしょうが、流せる方は読んでいただければと思います。
未鑑賞者に向けた文体なのに当然のようにネタバレがあります。ご注意ください。
ストーリーについては家族が死んだメンヘラ女が彼氏の友人グループとともに友人の一人の故郷であるスウェーデンの田舎村ホルガの夏至祭に参加しに行って、重い彼女にウンザリ気味だった彼氏と破局する話です。
監督(上部画像人物)が彼女と別れたのがきっかけでこの映画が作られたとのことですが、どんなフラれ方したのか心配になりますね。
映像としては、とにかく明るく、美麗で、華やかなものが多いのが特徴で最悪です。舞台が自然の多い田舎で花咲く草原が広がり、白夜の地方なので一日中昼間なんですよね。日本は毎日太陽が落ちて夜が来ることにこんなに感謝して眠った日はありません。
細かく何が起こったのかとかモチーフの意味はどういうのだみたいなのは割愛します。気になる方は観てください。
何の話がしたいのかと言うと、この映画はとにかく不安を煽って来る映画なんですよね。分類するならスリラー系のホラー映画なんでしょうが、悪霊が突然出てきてビックリ!みたいなものは無く、延々とこちらの正気を削ってくるギミックボスみたいな映画です。
じゃあ何が怖いのって話なんですが、ホラーだとよく「生きた人間が一番怖い」みたいなのがあるじゃないですが、そういうのとも違うと思ってます。確かに「何を考えているのか分からず、何をするのかわからない人々」的な恐怖はあるんですけど、ボクが怖いのは自身の倫理観なんですよ。
劇中では村の祭りの最中に主人公一行が死亡フラグを立てまくります。祖先を侮辱する行いをし、念押しされた禁を破り、「あっこいつ死んだな」というありがちな予測を立てることができるのですが、ミッドサマーはこの方法で観客という全てを客観的に見ることができる存在に対してホルガのルールを刷り込んでいきます。
(村のルールによって)裁かれるべき、(村の倫理観で)死んで当然、の人間が作られていくわけです。ボクはこの手法にハマったため途中まで「そりゃ(そんなことすれば)そう(殺されるに決まってる)でしょ」とB級スプラッタホラーを観ているテンションのつもりでカルトの思考回路で物語を観ることになったのです。
そんな中で主人公の彼氏は儀式に対して「そういう文化なんだから尊重しなくては」ともっともなことを言うのです。彼は村の怒りを買う行為をするでもなく、少なからず敬意を持って過ごしていきます。ボクも「この行動パターンなら生き残れるんじゃない?」と思って観ていましたが、気づきました、「この村そういうの(死亡フラグ)関係なく全員殺すじゃん」と。べつに禁忌を破ったり暴いてはいけない秘密に触れようとしたりしようが関係なかったのです。これは儀式なので、こちらの言葉が通じない(聞く必要がない)集団相手ですから、どれだけ敬意を払っても意味なんてなかったんですね。どれだけ地雷を踏まないように歩こうが、道の行く先が処刑台なら同じことです。
同時に彼の「尊重」という思考がいわゆる「文明人」による上から目線であることにも気づきました。「そういう(野蛮な田舎の部族の)文化なのだから(我々進んだ文明人は)尊重しよう」と。
ホルガで生まれ育った人たちにとってはホルガのルールと信仰が常識です。私たちもたまたま文明的(だと思っている)時代と地域に生まれただけで、常識を刷り込まれているのは同じなのですから、他人の常識に基づいた他人の行動を「悪」とするのは自身の常識に他なりません。では自身の常識の正当性は何が保証してくれるのでしょうか?「常識は常識なのだから」という文明という名の宗教なのではないか?と考えてしまいました。ほとんどの文明人が思春期の間に折り合いをつけるか、そもそも気づかないような概念をまんまと掘り返されてしまったのです。「無宗教な現代人」であったつもりの自分が「文明を信仰している社会というコミューンの構成員」であることを突きつけられた気がしました。
帰宅後、ツイッターでは恒例の大喜利が繰り広げられています。(ボクのTLだけでしょうか?)
今回のホットなネタは「ホルガにTRICKの山田と上田を送り込んだら」を筆頭とした「もし○○がいたら」系のネタでした。ほとんどの人はいつも通り楽しんでいただけなのでしょうが、気が滅入っていた私はどうも勘繰ってしまいます。「そもそも謎も何もないのだから探偵がいても意味がないのでは?」ホルガの人々は外部の人間に知られると進行に支障が出ることは隠していますが、それらを外部の人間に暴かれたところで不利益がある人物はいません。邪魔をしようが予定通り殺して贄にするだけなのですから。ミッドサマーにはカルトの教祖として私服を肥やすTRICKのエセ超能力者もいなければ、村の儀式を利用して私的に殺したい奴を集める金田一少年の事件簿の犯人みたいなやつもいません。知性を発揮して村人を啓蒙することで文明の価値観を与える解決法は存在しないのです。
文明的解決が不可能な以上、村を訪れた人間には飲み込まれるか、逃亡するか、村を完全に破壊するかしかありません。当然大喜利では村を破壊するためのエージェントが推挙されていきます。
しかし私にはこの行動が「理解不能なもの、人の力の及ばないもの、解決し得ない不安」から救ってくれる存在を作り上げる、信仰行為そのものなのではないかと感じました。武人の介入によって恐怖の対象を打ち砕き、探偵とセットで存在するありがちな犯人の創造で既知の概念へと格を落とし、笑いの種とすることで映画から受けた不安を払拭するためのセラピーが行われているのではないか?と。救世主が創造される光景を目の当たりにしているのではないか?と。自分は今までも自覚無しにそういった方法で心の均衡を保ってきていたのではないか?と。
フィクションにはフィクションをぶつけんだよの精神で戦えるうちは良いのですが、これが現実の不安や困難、不幸が襲いかかってきたとき、親戚や親しい人間にもっともらしい正解や全てを解決してくれる救世主を用意されたら自分はフィクションを鑑賞した時と同じように拒むことができるのだろうか。映画はフィクションでも現実にカルトが存在することは確かなのです。
「あなたは神を信じますか?」とドアの前の勧誘に尋ねられたらNOと言うことができるかもしれません。「あなたは自分のいる世界が正しいと信じきれますか?」ミッドサマーはそう言って私の信仰を揺さぶってくるのです。
自分でも何を書いてるのかよくわからなくなったのでここで終わります。散々なことを書きましたが映画としては一見の価値があるものだと思うので、未見の方は興味があったら自己責任で観てみてください。
胡乱なオタクのための「なろう小説」スターターキット
フォロワーに「お前はクソアニメに満足できなくなって、小説家になろうで真の虚無を貪っているのだと思ってる」的なことを言われたのが悲しかったので、リハビリがてら「なろう」で読んだやつで面白かったものを紹介していきます。
本当は自分に合うものを自ら探すのが一番なのですが、玉石混交、石石玉石石石混交くらいの「なろう」の大海にニュービーが飛び込むのは大変ですし、「なろう小説」というだけで自力で読み出すのを敬遠する人も多いでしょうから、「隠れた名作とかじゃなくて、普通に人気あるし面白いからオススメ」のものの紹介です。
ボクの好みなので異世界ファンタジーが多めです。
https://ncode.syosetu.com/n9669bk
This is 異世界転生スタンダード。
「なろう」における異世界転生の基本が完璧に詰まっており、入門としてに非常にオススメです。内容について紹介しようとすると「なろうの異世界転生小説と聞いて思い浮かべる内容がありますよね、大体それです」と言ってしまえるくらい大筋がスタンダードです。というのもこの作品は2012年開始のヒット作でランキング1位に君臨していましたから、この作品が「なろう」要素の詰め合わせというよりは、環境に影響を与えていた存在だったことは間違いないでしょう。異世界転生での出生から主人公の一生を丁寧に描いた作品で面白いのはもちろん、他の作品に入る際の下地としてもオススメです。
異世界詐欺師のなんちゃって経営術 (本編完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n6240cp
日本で詐欺師をやっていた主人公が、嘘をついたことがバレると蛙にされてしまう世界に転生する作品です。捻くれた男だった主人公がヒロインをはじめとした登場人物たちとの交流を通じてツンデレになっていく過程が描かれます。チートとかは無く、トラブルはありつつも基本的に平和な作品です。
蜘蛛ですが、なにか? (連載中)
https://ncode.syosetu.com/n7975cr
アニメ化企画がスタートしたこの作品、名前を聞いたことのある方も多いでしょう。
異世界に広がるダンジョンの奥深くで貧弱な蜘蛛のモンスターに転生した女子高生()が、生き残るために戦う作品です。人外転生の定番「進化」と「なろう」異世界ファンタジーにおける定番「鑑定チート」の力を体感してください。
中盤以降は展開が変わってくるのですが、アニメはどこまで進んでくれるのでしょう。
中盤以降の情報はストーリーの核心に触れるものなので、今のうちに読んでおけばニヤニヤしながらアニメを見れて楽しいかもしれません。
自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う (完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n7583de
はい。異世界転生、人外ものです。
自動販売機になってしまった自動販売機オタク、動けない喋れない。
読むと実在する自動販売機のバリエーションに詳しくなれます。
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ (完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n9497dd
「死なない上に強くなれる宿屋」。その凄惨な実態とは・・・
タイトル通り「セーブ&ロード」の力を持った異世界転生者が宿屋をやってる話です。
噂を聞きつけた犠牲者宿泊者の視点で話が進行していきます。「死ぬ気でやれよ、死なねぇから(死ぬ)」の精神で行われる特訓の数々、目的を果たすために強くなれるのか。そんな感じの作品です。みんなも豆を腹一杯食べよう!(死ぬ)
野生の電子レンジが襲ってくる世界にきました -天才ハッカーのハッキング無双ライフ- (完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n3576dl
みんな大好き冷凍刑から解放された主人公が目にしたのは、機械が野生化し生態系を作り上げた地球だった・・・
最強ハッカーだけど、体力もハッカー準拠なので物理的に襲ってくる機械相手だとタイトルほど無双できない主人公。サポートしてくれる毒舌アンドロイドメイドのマキちゃんが可愛い。
田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~ (一部完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n2662ca
ブサメンのおっさんが回復チートと最低なモノローグとともに異世界で活躍する作品。
本当にモノローグと固有名詞が猥褻な方面で最低だし、アトリエシリーズのパロディでつけたタイトルほどアトリエも錬金術も出番が無いし、作者の名前は金髪ロリ文庫だし(書籍化の際に改名)、コミカライズ以上のメディアミックスが絶望的。紹介してるのは面白いからです。
<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム- (連載中)
https://ncode.syosetu.com/n5455cx
VRMMO作品。パーソナルとゲーム内行動によって無限の進化バリエーションを持つ武器、プログラムとは思えないNPC、ゲームを楽しみ、世界に生きるプレイヤーたち。
主人公に嫌味がなく、バトルも能力バトル系で重厚に描かれていて、読み応えのある作品です。
コミカライズをNEEDLESSの今井神が担当していて、迫力のある漫画になっています。
テクノブレイクしたけれど、俺は元気です (完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n0596co
テクノブレイクからの蘇生をきっかけに、絶頂をトリガーに幽体離脱する身体になってしまった主人公。本来死ぬべき運命にあった彼が生存する影響は世界に何をもたらすのか・・・
コメディ作品ですが、終盤の展開はオナニー文学界のシュタインズゲートといっても過言ではない作品(錯乱)
デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 ) (連載中)
https://ncode.syosetu.com/n9902bn
おまたせ
いや、面白いんですよ本当に。アニメは600話近くあるうちの60話分くらいしかやってないし、メインメンバー出揃った序盤も序盤で終わったから。エンジンかかるのはそれ以降なんですよ。アニメも面白かったですけどね。見事な調理法だと言わざる得ない見事な出来でしたよね。
サトゥーさんが滅茶苦茶やる姿をぜひ楽しんでほしいです。
今回の紹介は以上になります。
拙い紹介でしたが、何か一つでも興味を引く作品があれば、そしてそれを読んでもらえればと願うばかりです。
サイの葬式
今日は4/5です。チャンプブロックにはトランプルが痛く、火力で焼くには高すぎる、忌々しいP/Tの4/5。なんでトランプル付いてるんでしょうね。なんで3点ドレイン付いてるんでしょうね。多くの人間がその姿を見ては舌打ちした憎きサイもイニストラードを覆う影の発売と共にサヨナラです。喜ばしいことこの上ない。
ボクはタルキール龍紀伝からMTGを始めた人間で、その時の主だった対戦相手だった人の持つデッキがアブザンでした。まだペスや狩猟者がいた頃ですね、あいつらも大嫌いです。最初はティムールを使っていたボクは幾度となく繰り出されるサイにイラつき、赤黒ドラゴンに手を出しました。*1マルドゥ氏族への歩みの始まりです。なんでマルドゥだけ先に龍王がスタン落ちするんでしょうね(すっとぼけ)
話がズレましたがサイの命日と共にタルキール覇王譚と運命再編のカードもスタン落ちするので、個人的に別れが悲しいカードを紹介したいと思います。
鱗デッキでお世話になりました。テーロスもいた頃は10/10になった威名の英雄が何度も相手を突然死させましたね。
突撃陣形デッキの影のエースです。3ターン目に6/6のトークンが出たりします。龍の目の学者も落ちてしまいますね。
白包囲です。搭載歩行機械がエルドラージサイズになるのは気持ちが良いものです。龍のモードもなかなか馬鹿にならない有用性で、白単にはこのカードの枠は作るようにしてました。
赤の全除去です。道の探求者と一緒に盤面とライフレースをひっくり返してくれました。
龍王コラガンです。赤黒ドラゴンからマルドゥドラゴン、ヒーローブレードまで引っ張りだこでした。次のスタンは龍詞の咆哮が強そうなだけに有用なドラゴンが減るのは悲しいです。快速ウォーカイトでも使おうかしら。
ヒーローブレードです。アリーシャが墓地から引っ張ってきたズルゴにぶん投げたり、ヤソヴァがオジュタイを寝取ったり、コラガンが突然死させたりしてました。
改めて覇王譚と運命再編のカードリストを見てみるとマナベースが凄い分、面白いカードが多いですね。イニストラードを覆う影のカードは変身が多い割に似たような効果のカードが多くて物足りない感じがあります。十三恐怖症とかは面白さしかないんですけどね。次のスタンは赤黒ドラゴンか黒単、もしくは青白エンチャントを組もうかと思ってます。
*1:今思うとこの時250円のコラコマを集めておいて正解でした。
KING OF PRISM にやられた人のためのプリティーリズム・レインボーライブへの手引き
キンプリの、Over The Rainbow のライブで産まれて初めてプリズムショーを観た一条シンくんのような人が思ったよりたくさんいるのを知った(ボクもその1人だが)。形としてはスピンオフに近い続編だしもともとプリティーリズムを観てきた人ばかりだと思っていたのだが、そういうわけでもないらしく、かなり多くの人が初めてプリティーリズムに触れたようなのだ。
初めてキンプリを見てからというもの、「アレは何だったんだ」という高速道路を走っていたら生身のババアに追い抜かれたドライバーのような呆然とした感覚に囚われたボクはそれから脱却すべく、キンプリの母体ともいうべき存在、プリティーリズム・レインボーライブを視聴したのだ。
結論から言うと素晴らしい作品を多くの人に観てもらうべく、この記事を書いている。「51話もあるアニメなぞ、どんな勧めを受けようと絶対に観ない」という確固たる意志がある人はこのままブラウザを閉じてもらって構わないし、「お前に言われなくても観るつもりだぞ」という人はこんな駄文を読んでいる暇があるならブラウザを閉じて一秒でも早くレインボーライブを観てほしい。「言われなくてももう観てる」「そもそもプリティーリズムは全部観てるぞニワカめ」という人は暇なら読み進めて、あわよくば笑ってもらえれば幸いである。
プリティーリズム・レインボーライブを観るべき理由としては「ただただレインボーライブ自体が素晴らしい作品だから」とまとめてしまうこともできるのだが、キンプリを観て「レインボーライブも観たものか、でも長いしなぁ」という人に向けて、最後の一段、最初の一歩を踏み出すきっかけとなればと思う。
Over The Rainbowの3人にレインボーライブ内で何があったのか、というのはキンプリ内で語られてはいるが、なにぶん尺がどれだけあっても足りないような映画なのでかなり端折られている。あくまでメインは女の子のストーリーなので、男の物語は彼女たちのストーリーの進行とともに合わさりまとまることになる。「ヒロとコウジにいろいろあったけど仲直りして、カヅキも仲間になったぜ。」という結果、キンプリが産まれる種が蒔かれるまでの軌跡がレインボーライブで紡がれているのだ。
速水ヒロである。キンプリではコウジとの別離に誰よりも涙する爽やかアイドルとして活躍する彼。レインボーライブではコウジの歌、コウジそのものを手に入れるためヤンホモと化す。*1コウジが絡まなければ女子中学生に優しくアドバイスしたりもするので悪いやつではないのだが。とにかく一挙手一投足が面白い、もはや留守電すら面白いのはズルい。レインボーライブを観終わってからのprideは、イントロからして印象が変わるのを約束する。
(要求は控えめなタイプである)
神浜コウジ、キンプリで尻から蜂蜜を出し突然ブチ切れる彼は、レインボーライブでは女子中学生とラブラブになるためにやたらと重いストーリーを展開してくれる。コウジ自体は何も悪くないのだが、土曜朝にやってた女児向けアニメにしてはやけに重い話がかなり長く続く。あとキンプリほど声はねっとりしていない。2年間で彼の声帯(もしくは性癖)に何があったのだろうか。
仁科カヅキ先輩はレインボーライブの良心である。聖人と言って差し支えない。その聖人っぷりから女子中学生2人にモテる。彼のフリーダムであることへの拘り、彼が本当にストリート系の地位を下げているのかはレインボーライブを観れば分かることだろう。
この人たちもいる。負債が凄い人と仮面がダサい人とケモナーの人*2だ。キンプリの、そしてレインボーライブのいざこざはこの3人+1人の確執が根底にあると言っていい。キンプリの続編が作られるとして、この3人+1人の物語を知らないことは大きな損失である。グロリアスシュワルツコール前の演説も、女は勝利者に惹かれるって言いたいだけなのだ。あとカヅキとアレクサンダーが回転する時浮いてる理由もわかる(わからない)。
女の子の話をします。ここまで読んだんだから帰らないでください、お願いします。プリティーリズムは女の子の物語なので女の子の話をします。わかりましたね。
*3
女の子の話、と言ってもざっくりキンプリで語られた男どもと違って女の子に何があったか話してしまうと、レインボーライブの視聴を勧める文章としては身も蓋もないので、プリズムショーについて話したい。キンプリを観た人なら分かると思うが、プリズムショーとはスケート靴を履いてダンスをし、プリズムジャンプをする競技である。話の中で他の評価点も産まれるのだが、ジャンプの括りに入れられるし観ればわかるので書きませんよ。
「プリズムジャンプは心の飛躍」という言葉がある。プリズムジャンプはある種の必殺技のようなものであることは既にお分かりだろう。彼女たちも物語の中で成長し、新たなジャンプを会得していく。まさしく必殺技である。これがあるので飽きないのだ。その週の話が一件落着したので〆に歌って踊って終わり、ではない。お話の山場、最も盛り上がるポイントにプリズムショーがある。彼女たちはプリズムショーの最中かなり喋る。実際声に出してはいないだろうが、独白、モノローグの形で心境を吐露し、物語で自分が何を感じ成長したか、その結晶としてプリズムジャンプがある。自身が新たなステージに飛躍したことの表れとして新たなジャンプに成功する。彼女たちの友情の形としてプリズムジャンプが成立する。彼女たちのプリズムショーに同じ曲が使われることはあっても、同じプリズムショーは無い。プリティーリズム・レインボーライブでは、彼女たちの進化が51話を通して描かれているのだ。ボクがとにかく観てほしいのはべる様の最後のプリズムショーである。仲間と共に苦難を乗り越え成長した彼女のショーはレインボーライブの集大成と言ってもいいはずだ。歌が進化するという現象を観測することができる。
とにかく観てほしいのだが流石に51話ともなると長いと感じるだろう。1話24分が51話、1224分。約20時間弱だ、本当に長いだろうか。1日3時間ほどあれば2日で1クール分観ることができる。なんとなくダラダラしてる時間をレインボーライブに充ててみてはいかがだろう?ボクは正直言うと足りない。あと51話は観たい。そんなわけでボクは今オーロラドリームを観ています。オアシスが蜃気楼だったあたりです。
頭からここまで整合性を考えず書いてきて何の手引きにもなってないのに気づいたのだが、あなたの足を手で掴んで引きずり込むという意味で手引きだ。我ながらひどい。むしろキンプリにやられた人間がマトモに文章を書けると思わないでほしい。以上、プリティーリズム・レインボーライブ視聴を勧める記事でした。(打ち切り)
プリリズ初見者だったボクが、レインボーライブを完走して再びキンプリを観に行った件。
*1:オーナーの本体に膝蹴りを入れたくなったことは何度もある
ゲートウォッチの誓いが出ますね
ボクが「プリリズ初見者」としてキンプリに轢かれた件。
(注)この記事は、映画 KING OF PRISM by PrettyRhythm の内容に言及しています。
2016年1月、オタクたちはリンボーダンスに熱狂し、ディバインゲートの存在を信じ、駄菓子を貪り、内なるロジックに耳を傾け、名前を変えて襲い来るISと冴えヒロの亡霊と戦い、おきゃんぴ娘に声援を送り、ブブキを取り出し、霊剣山で待っていた。
…はっきり言うと、満足できなかったのだ。戦争が繰り広げられ、何人もの猛者が覇を唱えた2015年の熱量、それが一気に失われてしまった気がした。禁呪を詠唱することもゲッツをすることも二度とないかもしれない。喪失感から来る焦燥を何かにぶつけたかったが、2016年1月18日時点でその願いに応えてくれそうな作品(≒サンドバッグ)は現れていなかった。ボクは何かを殴りたかった。
1月18日、ボクはプリティーリズムの映画を観ることにした。気まぐれなのであまり期待はしていなかったし、男性のサブキャラの話と聞いていたので「うたプリみたいなもので、多少いざこざがあって、ライブをやって終わりだろう」と軽く見ていたのだ。今となっては見当違いにもほどがある。
ボクが持つプリティーリズムの知識はいわゆる女児アニメで、曲に合わせてCGが踊り、ゲームは宝石を筐体にセットするもので、ドロシーという子がミルキィホームズにいそう、という程度だった。プリティーリズムとプリパラの区別も付いていないのである。
そんなボクがKING OF PRISM by PrettyRhythm (以下キンプリ) を無防備で観に行った。
……そして、ボコボコにされて帰ってきた。頭の中は「なんなのなの」という処理能力不足から来るエラーで埋め尽くされ、知恵熱で頭痛が痛かった。
女性ウケもする男性キャラの話と聞いて棍棒で殴られるくらいの覚悟はしていたが、ダンプカーがスピンしながら突っ込んで来たのではヘルメット程度では役に立たない。
映画はプリティーリズム レインボーライフの登場人物である、「神浜コウジ」「速水ヒロ」「仁科カヅキ」の3人からなるユニット「Over The Rainbow」のライブシーンから始まる。アイドル的衣装に身を包み、スケート靴を履いた3人が曲に合わせて踊り出し、ボクの第一印象は「スケート靴でステップキメて、少年隊より凄いな」程度のものだった。この程度なら全然問題ない。ボクは高を括り、彼らのライブを鑑賞し始めた。
すると、ボクは突然自転車に轢かれた。何を言ってるのかわからないかもしれないが、確かにボクは3人が乗る自転車に轢かれたのである。後ろに女の子を乗せていたかもしれない。自転車の二人乗りは道交法違反だぜ。
ライブ中にかなり恥ずかしいタイプのイメージ映像が殴り込みをかけてきたのである。プリティーリズムの、プリズムジャンプというのはこういうものらしい。格ゲーで必殺技が決まると演出が入り、相手はなす術ないのと同じだろうと納得したボクは多少ダメージを受けながらも、3人が自転車の後ろに乗せた女の子に言った「しっかり掴まってろよ」という旨のセリフを初見のボクに対する挑戦状だと受け取り、「まだまだ戦えるぞかかってこい」とファイティングポーズを取った。
結果から言うと惨敗である。
回想シーンに、突然始まるイナズマイレブン的必殺技に、武内くんの腹筋に、スーパーゴーストカミカゼアタックの応酬に、しつこ目に飛んでくる唇に、男に欲情する主人公に、風呂場のランバ・ラルに、三木眞一郎に、空戦にいただろって感じのオレンジ髪に、音楽がメチャクチャ盛り上げてくるハグに、当然のように使われるTRFに、完全に宙に浮いてるブレイクダンスに、イメージ映像が終わった時に現実で退場したキャラに、ほとんど出番がない半分ほどのキャラに、ボクは1時間ほどひたすら轢かれ続けた。抵抗は意味を成さず、暴力の雨が止むまで息を絶やさない事だけがボクにできる全てだった。つまらなかったら殴ってやろうと思っていた映画にタコ殴りにされた。
一緒に観たプリリズオタクもだいぶ訳が分からなかったらしいので、ボクにプリリズの知識がないからというだけではないらしい。
ボクのアニメ史に残るレベルの交通事故である。プリリズ初見とはいえあそこまで酷い目に遭わされなくても……待てよ?プリズムショー初見で!?交通事故を起こす!?!?これはつまり、キンプリの主人公である一条シンくんと全く同じ立場なのでは!?!?!?
一条シンくんは冒頭のライブを鑑賞し、スーパーゴーストカミカゼアタックによってゲッツされたハートの高鳴りから自転車で土手からダイブし、地面に激突したところを目撃された人にスカウトされてプリズムショーの世界に足を踏み入れる存在なのである。
そう、プリリズ初見で完全に交通事故を起こしたボクと主人公は完全に重なっていたのだ。創作において共感させる登場人物作りが重要なことであるのは今更言うことでもないだろう。
キンプリは既存ファン向けの映画でありながら、プリリズ初体験の客にとっては視聴後にプリリズ世界に足を踏み入れるための門でもあったのだ。聖なる扉は開かれた。ディバインゲートは本当にあったんだ!父さんは嘘つきなんかじゃなかった!!
ボクはプリティーリズムを見ます。とりあえずレインボーライブから。キンプリから叩きつけられた衝撃を少しでもなんとかしたいし、新しい煌めきに出会える気がするのだ。
本当に頭が痛い中こんな記事を書いたのは、今日中に乱文でいいから形にしておかないとこのまま死にそうだったからだ。
願わくば、この記事が、プリティーリズムを見たことがないという人をキンプリ鑑賞に向かわせ、同じ目に遭わせるもとい、プリリズ世界に入門させるきっかけとなれば幸いである。